知ってほしい。APD と発達障害の違い
皆さんは、聞き返しや聞き誤りが多かったり、雑音・騒音などの聴取環境が悪い状況下で聞き取りが難しくなったり、口頭で指示されたことを忘れてしまったり、理解しにくかったことはありませんか?
または、自分の子が学校でなぜか先生の指示を聞き取れず、学校の授業についていけていない・・・もしかして発達障害なのかもしれない、と感じたことはありませんか?
それはもしかすると、APD のせいかもしれません。
今回は、まだ日本で知られていない APD の症状や解決策について、海外事例を混えてご紹介します。
執筆者:青本 りよ
Global Writer
目次
なぜ APD は発達障害と誤解されるの!?
聴覚情報処理障害 = APD ( auditory processing disorder )とは、聴力検査では “問題ない” と診察されるにも関わらず、日常生活の様々な場面で聞き取りにくさが生じる状態を指します。
具体的には、早口や小さな声などを聞き取りにくい、話が長時間になると聞き続けるのが難しい、視覚情報に比べ、聴覚情報の聴取や理解が困難、などの症状があります。
これらの症状は、知能的な問題とされることが多く、発達障害と誤解されやすい APD。
実際には、聴覚に限局した器質的障害のある方はほとんどいない、とされています。
大人だけでなく子供の患者も多くみられる APD は、日本人の 約2% が該当すると言われており、大きな社会問題です。ですが、その根本的な原因は現時点では解明されていません。
APD には 4種類のタイプがある
まだ解明されていない点が多く、誤解され易い APD の症状について、アメリカの調査機関 “National Center for Learning Disabilities” が、長年の研究成果をもとに、初めてその症状を 4つに分類・定義しました。
ご自身がどのタイプか分かることで、対策がし易くなるかもしれません。参考までにご紹介します。
① Auditory Discrimination:音の分別能力の欠如
「分別能力」とは、音を単語として、区別して聞き取る能力のことを指します。
- 似たような発音の単語を区別しにくい
- 耳から得た情報の詳細を覚えられない
② Auditory Figure-Ground Discrimination:音の図地弁別能力の欠如
音の「図地弁別」とは、注意をして聞くべきものは何かを判断し、聞こえる情報の中から、重要な要素に集中して聞き取る能力のことを指します。
- ノイズの多い場所で個々の音を聞き分けるのが難しい
- 口頭での指示に従うことができない
- 教室で教師が話すときなど、聞き取ることができない
③ Auditory Memory:長い音の記憶力欠如
「音の記憶力」とは、音を単語として、記憶しながら聞き取る能力のことを指します。
- 複数のステップを含む、指示の暗記などの聴覚的弁別ができない
④ Auditory Sequencing:音の順番の記憶力欠如
「順番の記憶力」とは、何を、どういう順番で話したのか、整理しながら聞き取る能力のことを指します。
- 一連の指示の順番を思い出せない
- 複数桁の数字を混同してしまう
海外で注目されている APD ソリューション
APD の症状を改善するには、どのような解決策があるのでしょうか。
APD 患者は、音を区別することが困難です。例えば、「キャット(猫)」を「ザット(それ)」と聴き間違えたり、「ベッド」を「デッド(死んだ)」と誤解したりする可能性があるのです。
米国では、APD 患者は訓練を受けたセラピストと協力し、これらの音の違いを理解する能力を改善している方もいるそうです。
セラピーには、特定の聴覚障害を対象としたさまざまなエクササイズが含まれ、後ほど紹介する “Fast ForWord” といったコンピュータを利用したプログラムや、言語聴覚士との 1対1 の訓練まで多岐にわたります。
例えば、音の識別に関する問題を克服するために行うトレーニングでは、最初は静かな環境で、次により大きなバックグラウンド ノイズで訓練するよう、専門家は勧めているそうです。
また、聴覚的記憶力を磨くには、シーケンス・ルーチンを取り入れたトレーニングが効果的だそうです。一連の数字や指示を繰り返すことで、リスニングの「筋肉」を鍛える手法です。
<環境の変化による APD の治療>
APD の症状の強さは、個人の発達状況や周囲の環境や状況により異なるため、年齢や環境により治療も変わってきます。
例えば、学校の教室環境で教師ができる対策としては、APD を抱える生徒のために教室の音響を可能な限りクリアにすることが挙げられます。
授業中は外の音を遮断するために扉を閉めたり、鉛筆削りや扇風機などノイズが出るものから離れたところに APD を抱える生徒の席を設ける、といったことでも効果が期待できます。
<テクノロジーを活用した APD 対策>
音が反響しやすい、こもりやすいなど、音に関連した問題を抱える教室専用のスピーカーシステムがあることをご存知ですか? その名も、”サウンド フィールド システム (音環境システム)”。
この技術を活用することで、APD 患者は、教室に配置されたスピーカーから教師の声を聞き取れるようになります。教師の声が、教室全体に均等に分散されるため、どの席に座っている生徒でも、よく聞こえるようになるそうです。
他にも、生徒が教師の声をはっきりと聞こえるようになる、”パーソナル リスニング デバイス(PLD)” を使用する方法もあります。 教師は Wi-fi や Bluetooth を利用したワイヤレスマイクを装着し、そこから各生徒の個人用スピーカーに直接音声を流す手法です。
また、家庭でも採用しやすい APD ソリューションとしては、パソコンやスマートフォンで利用できる “テキスト読み上げソフトウェア(TTS)” も有用です。
TTS を活用して読みながら音を聞くことで、多感覚の読書体験を積めるようになり、単語認識の改善にも繋げられるとの研究成果も発表されています。
40〜60 時間の利用で 1〜2 年の効果がえられる!?
APD により、学校で教師の指示に従うことができず、学習について行けていない 5 歳以上の子供をサポートするプログラムとして、米国で有名なのが “Fast ForWord” です。
エビデンスに基づいた適応型の読書・言語プログラムです。APD の治療に非常に効果的とされており、学習に苦労している子供が 40〜60 時間使用すると 1〜2 年の学習効果が得られるそうです。
例えば、APD を抱える子供たち向けの “Fast ForWord” プログラムの中には、音響的に加工された音声を使用して通常の音声を遅めるなどし、「ba(バ)」と「da(ダ)」のような音の違いを聞きとるトレーニングも含まれています。
2013 年に米国教育省が出している資料によると、このプログラムの費用は、シングルライセンス $999(約12万円) だそうです。
まだ日本には馴染みのない APD ソリューションですが、体系的で分かり易く、今後の展開に注目しています。
著者の想い
以前、執筆した記事(お耳のふあん)で APD について取り上げたところ、想定以上の反響をいただきました。
実際、APD の症状に悩んでいる方は多数いらっしゃるのですが、まだその症状や対処法に関する日本語の記事が少ないと感じています。
正直、原因が解明されていない症状ということもあり、私も執筆にシビアになる面がありました。
それでも、この記事の作成に至ったのは、悩んでいる方々の声を直接お聞きしたからです。
APD に悩まれている親御さん・お子さまにとって、この記事が少しでも症状を和らげる一助になれば幸いです。
出所
第 14 回 日本小児耳鼻咽喉科学会, "聴覚情報処理障害(Auditory processing disorder, APD)の現状と対応”, 2019
SOUND READING SOLUTIONS, “SOUND READING SOLUTIONS FOR AUDITORY PROCESSING DISORDERS IN CHILDREN” 2020
ADDITUDE, “How to Treat Auditory Processing Disorder”, 2020
Understood, “Assistive Technology for Auditory Processing Disorder", 2020